1990年に初演されて以来、国内外で公演を重ね、
各地で絶賛され続けている新宿梁山泊の代表作「人魚伝説」を一挙ご紹介!


人魚たちがやってくる。
東のはずれにまず最初に訪れたのは
人魚たちだった。

   

桜散る赤い欄干のそばで買った樟脳船は動こうとはせず、
ただ浮かんでいるだけでした。
そして、忘れたはずの街が桶の底に浮かびあがってくるのです。

  

あの街が好きだった
砂浜にうちよせられ、肩をあわせる流木のような
あの街の人々が好きだった

さよなら、ウチウミ
さよなら、懐かしい思い出たち
さよなら、僕の少年時代



 
掲載記事

 

'90「演劇ぶっく」 
アル中の詩人が夢見る時、
少年の日がよみがえる。
なぜだか水が恋しいのは、
人は海から生まれたから...。
浜辺のテントに伝説が生まれた..。

'90「STUDIO  VOICE」
われわれはこの感動的な終幕に
単に、拍手を送ればいいのだろうか...。

'91ドイツ「AUSSCHNITT」紙
ブレヒトがこの想像力豊かな 作品を見ていたら、
きっと思う存分楽しんだはずだ。

'92「AERA」 (中国公演について)
観客が総立ちになることが 何度もあった。
カーテンコールの熱気が早々と 起きてしまったような
滑稽で異様な光景だった。

 
 

'93韓国「経済新聞」
実際に自然の水をふんだんに使う
スペクタクルな舞台はテント芝居の
真髄を見せてくれる。
'95「CLIQUE(クリーク)」
忘れられた水の伝説が、
紫テントに蘇る。
'95「朝日新聞」
90年代の小劇場が生んだ
貴重な財産の一つといえるだろう。
 

'90 朝日新聞(扇田昭彦)
わきたつエネルギーと叙情的なノスタルジア、強い物語性に支えられた見ごたえのある舞台だ。
'90 フォーカス
金盾進の演出は相変わらず好調。幕切れなど、思い入れたっぷりじゃなくて、切なさ腹八分目に抑えたあたりがニクい。
'90 アサヒグラフ(小柳学)
ここにはロマンが横溢している。ロマン喪失の時代に信じがたいことだが、本当である。そして単にノスタルジックではない。ノスタルジーをふりちぎるように、すべて速いのだ。セリフが速い。シーンの切替が速い。役者の動きが速い。そしてどこかおおらかだ。
'90 CREA(直田香)
新宿梁山泊には疾走するパワーがある。'70年代初頭にあった時代の息吹きを吐き続け、私たちを根こそぎさらっていくのだ。
'90 公明新聞(今野裕一)
訪れてきたものは、帰るべき架空の故郷も失い、永遠のアイデンティティの喪失に襲われる。そこに見いだされるロマンとは何か。もちろんまだ回答はない。だからこそ梁山泊はテントをもって全国を行脚するのだ。
'90 文学界(松岡和子)
故寺山修司の映画「田園に死す」にも通じる故郷と家族に対する愛憎半ばする想い、切捨て忘れてしまいたいにもかかわらず、決して忘れることのできない日々と人々───見る者すべてにそれぞれの「ウチウミ」を蘇らせるに違いない「人魚伝説」は、自らの過去との和解の物語である。
  '91 テスピス02号(清水篤志郎)
特設テントでの公演となった「人魚伝説」は終幕と同時に「ブラボー」の絶叫と全員総立ちのスタンディングオベイションという熱狂的な反応であった。何よりも「私の外側を震わせた作品はたくさんある。しかしこの作品は私の内臓を直接震わせた。どうしようもなく心にしみて、それがとめられなかった」と涙をこぼしながら語っていた初老のドイツ人観客の言葉がすべてを物語っていた。今回は能でも歌舞伎でも舞踏でもない文字通り「日本の現代演劇」がヨーロッパに紹介され、正しく評価を受けた初めての機会だったに違いない。
'93 上海戯劇
観客はもう精神的ポーズをとる必要はないし、感情に節度を保つというあの型式ばった心理状態も必要ではない。劇中人物と同じ空間の中で生活し、同じテントの中で呼吸し、平凡であると同時に人生の喜怒哀楽に満ちた生活の過程を共に経験するのである。この空間の存在によって観客と俳優のあいだの感情の交流と共鳴はきわめて親しく自然なものになる。
'93 朝鮮日報
漢江のほとりのテントの中で繰り広げられる芝居に、すし詰め状態の観客はぐいぐい吸い込まれていった。"テント"という事だけでも異色的だが、舞台が左右に分かれ、舞台底から水が噴き出るラストシーンは圧倒された。30余名に達する役者陣のダイナミックな演技には驚きであった。悲劇的なストーリーだが、笑いを取るシーンでは徹底的に笑いを提供してくれる。初日の幕が降りた後も20分以上歓呼と拍手が鳴りやまなかった。


 
人魚伝説の軌跡
1990 第9回公演 各地へ水を求めて巡るテント興行
5/25〜27 江の島/片瀬海岸境川河口広場 特設テント
6/8・9 大阪/中之島公園野外音楽堂横特設テント
6/15〜17 京都/京大西部講堂前特設テント   
6/22・23 愛知/渥美半島 伊良湖岬特設テント  
6/29・30 横浜/そごうデパ−ト裏特設テント   
7/18〜8/6 上野/不忍池水上特設テント        
8/11・12 飛騨国府/桜野公園特設テント     
1991

ドイツ公演 ドイツ国際演劇祭'91参加
7/10〜13 於・ドイツ、エッセン市ベルリン広場 特設テント
THEATER DER WELT '91(ドイツ国際演劇祭参加)

1992
パルテノン多摩公演二大テント劇団激突水上公演企画参加
10/7〜11 於・パルテノン多摩特設水上テント
1992
上海公演
11/2〜6 於・上海戯劇学院構内特設テント
1993 韓国公演
5/14〜20 於・ソウル市内ヨイド船着場特設テント
1995 紫テント第二弾公演
4/29〜5/8 於・新宿住友ビル恋弁天前特設テント
1998
中国/北京テント公演
9/15〜19 於・北京/中央戯劇学院内特設テント


1990年(初演)
1992年(上海)
1993年(韓国)
1995年(新宿)
1998年(北京)
詩人
中村祐子
石井ひとみ
石井ひとみ
金久美子
広嶋桂
老婆
金守珍/金久美子
三浦伸子
梶村ともみ
梶村ともみ
梶村ともみ
チチ
六平直政
金守珍
金守珍
金守珍
金守珍
ハハ
洲永敬子
洲永敬子
洲永敬子
三浦伸子
三浦伸子
長男:セツ男
朱源実
朱源実
朱源実
大塚一休
松嶋光徳
次男:ハル男
小檜山洋一
小檜山洋一
小檜山洋一
小檜山洋一
小檜山洋一
その妻・英姫
三浦伸子
秋元啓移子
三浦伸子
石井ひとみ
伊東勝代
三男:ナツ男
近藤弐吉
近藤弐吉
近藤弐吉
近藤弐吉
近藤弐吉
四男:アキ男
岡島博徳
岡島博徳
林原辰昭
東憲司
東憲司
五男:フユ男
鄭義信
鄭義信
鄭義信
孫貞子
島野雅夫
六男:シキ男
石井ひとみ
近藤優花
近藤優花
近藤結宥花
近藤結宥花
金魚
村松恭子
村松恭子
村松恭子
村松恭子
村松恭子
水女
近藤優花
大川妙子
石田穂津美
金順愛
大川妙子
男爵
黒沼弘巳
黒沼弘巳
黒沼弘巳
木下徳和
黒沼弘巳
男爵夫人
梶村ともみ
梶村ともみ
渡会久美子
広島桂
もりちえ
ジェニー
秋元啓移子
金久美子
金久美子
渡会久美子
渡会久美子
マリーン
徳永廣美
伊貸純子
伊貸純子
伊貸純子
伊貸純子
ステラ
伊貸純子
石田穂津美
渡会久美子
広島桂
川原洋子
キユーピー金
鈴木めぐみ
鈴木めぐみ
鈴木めぐみ
伊藤勝代
外山博美
スカ爺
江戸川はせを
江戸川はせを
江戸川はせを
原 昇

「スカ爺」と筒状のズボン
 足元はぬかるんで、肌が粟だっていた。目の前の巨大な江ノ島が闇の海にとけ込むその一瞬をとらえて、「人魚伝説」は、そのあやうい風景の均衡のはざまから極彩色に彩られて立ち昇ってきた。
 新宿梁山泊の評価を決定づけた「人魚伝説」の舞台を想うとき、僕はいつも、あの色を奪われてゆく薄暮の風景と、俳優たちの魂のほとばしりによって極彩色に彩られた舞台と、そして今となっては懐かしい一人の役者との出会いがやってくる。「一人の役者」とは、<スカ爺>を演じていた江戸川はせをである。僕にとっては、彼は、僕を演劇評論家として世に送りだしてくれた雑誌「新劇」の編集長畠山繁氏でもある。
 僕が畠山氏から最初の電話をもらったのは、僕がまだ鉄砲玉のように沖縄に出掛ける前後のことだから、確か22,3歳の頃だったと思う。小劇場運動の擁護者としての彼の敏腕ぶりはつとに名高かったし、ましてや僕には物書きになるつもりはなかったから、どうしてそんな人から「逢いたい」と言われるのか見当のつかないことだった。ともかくも神田の喫茶店で逢うことになり、僕はその頃しきりに考えていた「世阿弥転向説」や沖縄の土着宗教とその祭儀の演劇性について話したに違いない。本当のことを言うと、何をどう話したのかまったく憶えていないのだ。それほど彼は、僕にとってずっと先を歩いている人物だったのである。
 けれども、その時の畠山氏についてはっきりと記憶してる光景がひとつだけある。喫茶店を出て、白水社に向かって少しだけ傾斜のある坂道を昇って行く氏の後ろ姿だ。折り目が消えて膝の出た筒のようになったダブダブのズボンにつっかけのサンダル、猫背の向こうからはボサボサの髪が風に梳いていた。既成の演劇の側からの激しい反発にいささかの動揺もせずに、同世代の小劇場運動の担い手たちを活字メディアで支援する編集長にしてあまりに恬淡とした後ろ姿だった。激しい季節を生きている人のそれとは到底思えない、不思議な光景だった。
 それから20数年たって、僕は「江戸川はせを」に出会った。そして「人魚伝説」の舞台にいた彼もまた、俳優たちが激しく魂を燃焼させるその夜の時空のなかで、ひとり世界を嚥み下して遊ぶかのように存在する<スカ爺>だった。「三人姉妹」の酔っぱらい医者のチェプトイキンよりずっと遠くまで来てしまって、「生きる」ということを穏やかな表情で見透かしている<スカ爺>に、だから僕の裡にあるあの時の畠山繁氏の記憶がするりと滑り込んで重なり合い、円環状の記憶になっているのだ。
 そしてまた、あの「人魚伝説」が帰ってくる。畠山繁氏と江戸川はせをを結ぶ円環状の僕の記憶の時間と同じ軌跡を描いて、あの時の「人魚伝説」が薄暮の高層のビルの向こうからやってくるだろうか。僕は楽しみで仕方がない。あの極彩色に彩られた「伝説」のなかで、僕は、今度は「江戸川はせを」の記憶を畠山繁氏の後ろ姿に忍び込ませてみようと想っている。

衛 紀 生 (1995年新宿公演のパンフレットより)

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